12.23 生への執着
あいりん地区の街路は、提灯の舌、酒を飲み交わしカラオケを歌うおっちゃんらで賑わっていた。
おでんの煮えるいい匂いや、焼き鳥がじうじうと焼ける音思えば路上に転がっているおっちゃんの方が、自分より良い生活をしているようだった。
酒を飲み、路上仲間と笑い声をあげ、歌をうたう。
彼らには友達がいるのだ。それを認めるのは惨めだった。
気晴らしといえば歩くことしかない。難波を歩き、日本橋を歩き、何かサイトのネタになりそうなものやキーワードを探す。
新商品はないか、売れそうなものはないか、今ここを歩いている人は何を欲しがっているだろうか。部屋に戻ったら何の作業をするかを整理し、今日一日で使った金額を計算する。自分がその日やった作業を振り返り、今後の行動戦略を練った。
顔をあげると、幸せそうに街路を歩く歩行者の姿に目が眩む。
だから僕は、いつも前のめりに、自分の爪先を睨みつけながら早足で街路を歩いた。
「暗い顔をしてる人間に、金は寄り付かない。お金がなくても、気分だけはお金持ちでいなさい」
100円で買ってきた自己啓発本に書いてあった一節を思い出す。
笑え、笑え、笑え。笑おうとしても口の筋肉が強張って引っかかる。それを無理に笑うものだから、笑顔は陰気に歪んだ。それでも笑おうとした。
鏡やショーウインドーに映る自分の顔を見ると、鬼が笑っているように見えた。
あいりん地区では一日に一、ニ回炊き出しがある。
その炊き出しにならぶ路上生活者と労働者の灰色の列が、職安の奥からずうっと大通りまで伸びてくる。
その列を横目に早足で歩いているとき、ふっとその列の中に、自分の姿が見えたような気がした。
生気のない干からびた目と肌をした、惨めに下を向き、カリカリに痩せ細った自分の姿。その姿を見た瞬間、駆け出していた。
部屋に戻り布団をかぶり、ガタガタと震えながら「俺はここにいる……俺はここにいるぞ!あんな姿は嘘だ……俺は世界に出るんだ……」と言い聞かせ続けた。
不安。無力感。
憤り。飢え。
夜、空腹に耐えながら眠っていると、ギリ……ミシ……と何かが軋む音で目が覚める。
何の音かと耳を澄ますと、それは栄養素を失った自分の骨や筋肉が、圧縮されていく音だと気がついた。
人間の身体が飢えによって縮尺されていく音……それが、体の中から聞こえてくる。
僕は力強く耳を塞ぎ、細い身体を丸める。とうとう我慢ができなくなり、スーパーへひた走って食料を胃に放り込むと、この胃に放り込んだ分の金は、どのように稼げばいいのかわからず、途方に暮れた。
アフィリエイトはすぐに成果が出ないと、誰もが口を揃えていっている。それでも、自分のすべての力、すべての時間、すべてを投げ出してぶつかっているのに――0円の数字が画面に並ぶのは耐えられないことだった。
そのセ0円が、自分の実力を如実に示していた。そのセ0円に、自分のすべてを否定されているような気がした。
稼げない。
稼げない。
稼げない。
飯が、喰いたい。
一日500円の食費では、満足に暮らすことはできない。自分自身の無力さ、稼げないことの情けなさと劣等感、惨めさ――ある日、街を歩いていた時、その感情が爆発した。
何をしているんだ俺は、何をしてきたんだ俺は、なぜこんな風になっているのだ俺は!二十四年間も生きてきて、自分ひとりの生活費を稼ぐ力も身につけていなかったのか?
偏差値のそこそこ高い大学を出た。それがどうした?バックパッカーでアジアを放浪した。それがどうした?他人よりちょっと音楽が得意だ。それがどうした?その何かひとつでも一円に結びつく、実益に結びつくような活動があったのか、お前は?
楽器に興じて飯の糧にもならない小説を書いて、それで駄目だったからと簡単に諦めて人を傷つけ仕事仲間に迷惑をかけ、軽々しく命を投げ出した、その挙句にこの様か。お前はいったい生まれてから今日までの24年間、寝て過ごしていたのか?
一日中ただビジネスのことだけを考えて、それも、ただ自分一人が朝昼晩食えるようになるだけの収入をまずは夢見て、そんな些細なことを夢見て仕事にあたっているのに、それすらも叶える力がないのかお前は。本気を出したら自分はなんでもできると思っていた。自分にはなにか特別な力があると。自分は他の人とは違うのだと。自分は他の人とは違う道を行き、きっとその先で成功するのだとそう健気に思っていた。
それがどうだ。お前はあんなにも馬鹿にしてきた「普通」の生活さえ、まともに掴めていないじゃないか。あんなにも「つまらない」と唾棄していた、ただ給料を稼ぐだけの毎日すら、満足に達成することができていないじゃないか。これだけ自分の全てを投げ打っているのに、何も何も何も何も何もたったひとつの何かも達成できてやしないではないか!
お前の力はこんなものだったのだ。この程度しかなかったのだ。この程度でよくもまあこれまで社会を舐めてきたものだな。社会を舐めるな、世間を舐めるな、人間を舐めるな、普通を舐めるな。なにが出国するだ。今自分がいるこの立場をよく見てみろよ。今自分の周囲を歩く人間たちを見てみろよ。あのホームレスのおっちゃんですら楽しそうに仲間で笑いながらワンカップを飲んでいるんだぞ。今自分の手元にはあのワンカップを買う金はあるか?酒を飲んで笑い合う仲間はいるか?あんな風な笑顔を見せられる余裕はあるか?なにひとつない。俺はあのホームレスよりずっと低い位置に落ち込んでしまったのだ。底辺だと思ったあいりん地区の、そのもっと底辺は自分の中にあった。自分の境遇、自分の力のなさ、自分の情けなさ――一体いつになれば這い上がれるのか、満足な稼ぎが上げられるのか見当もつかない。そしてこのまま自分の人生が終わる可能性は十分にあるのだ。
新世界の小脇にあった路地裏に飛び込んで号泣した。嗚咽が漏れて世界が歪んだ。立っていられなかった。その場に崩れ落ちようとして、でも崩れ落ちてしまえばもう立てないと思い、壁にゴリゴリと額をこすりつけ血と涙を流し続けた。しかしさらに情けないことには、たとえここでいくら涙を流しても、いくら悔しさに心を歪めても、それは一円の稼ぎにもならないという事実だった。
こんなことをしている間にも時間は過ぎていく。一日過ぎれば一日分の生活費が失われる。誰かに頼っても愚痴っても報酬は上がらない。いくら弱くても力がなくても情けなくても、それでも、やるしかないのだ。
生きたい。
心の底からそう思った。生きたい。猛烈に生き延びたい。二度も命を投げ出そうとした自分が、こんなにも生に執着がある人間と知らなかった。
うつで引き篭もっていられたのは、自分を守ってくれる居場所や制度があったからと気がついた。それに甘えていたから「死にたい」などと安易に思ったのだ。これまで僕は、生きていることを当たり前に甘受していた。
しかし今、誰の助けも借りられず後ろ盾もなく、死あるいは路上生活者になる未来が現実のものとして迫る中、湧き上がってくるのは「生きたい」という感情ただひとつだけだった。自分という人間は、こんなにも生きることに執着を持っていたのかということを、僕はあいりんの路上で、知った。