11.10 孤独の意味なんてわかりたくなかった
大学時代に同じサークルだった同期の女の子が、同じくサークルの先輩と結婚したという報告をフェイスブック で目撃 した。
ふっと、思いつきでサークル仲間の名前を検索すると、
純白のウェディングドレスに身を包んだ、懐かしい仲間の姿に出くわした。
彼女は在学中に付き合っていた、サークルの先輩とそのまま結婚したらしかった。自分もよくお世話になった先輩だ。
二人を囲むように、よく知った顔の同期や後輩や先輩たちが集まっていた。みんな小綺麗なドレスやスーツに身を包み、笑顔で二人を祝福していた。
その中に、僕の姿だけなかった。
それを目撃した瞬間、嗚咽が漏れた。
どうしようもなく情けない気持ちが心の臓を割って溢れだし、世界が歪んだ。
別にそこに呼ばれなかったことが、参加できなかったことが悔しかったわけではない。
ただ、自分がこうしてあいりん地区で這いずり回っている間にも、同期たちはこうしてそれぞれの場所で生計を立て、幸せを掴み、結婚をし、それ ぞれの生活を立派に成り立たせている――そのふたつの世界が、同じ次元に存在しているということが信じられなかった。
彼らは企業で働き、給料をもらい、そこそこ仕立ての良い洋服に身を包み、休日には誰かとデートをしたり食事をしたりしているのだろう。やわ ら かいものや、温かいものに触れる機会があるのだろう。そんな二十代を謳歌しているのだろう。そして、こんな風に好きな相手と結ばれることもあ る。
今の僕の姿を彼らが見たら、一体、なんというだろう。
ホームレス と労働者に囲まれて、煎餅布団しかないこの三畳一間に立て籠り、彼らから見ればわけのわからない仕事を必死になって猛進している。 しかもそれで得られるお金は、彼らの半分に満たないのだ。
日本橋沿いにあるマックにパソコンを持って 出かけた時、いつも顔を合わせる店員の女の子が、僕のことを視認するなり露骨に不快な顔をしたこと を思い出す。
嫌悪と軽蔑が入り混じった冷ややかな視線。
その視線を僕はよく知っている。健常者がホームレスを見る、あの目線だ。その目線が、とうとう自分 にも向けられてしまった。
男扱いされないのはまだ我慢できる。それだけの資格が今の僕にはないのだから。けど、人間扱いされないのは、それも年頃の女の子にそんな風に見られてしまったということは、自分がもう後戻りできない所にまで堕ちてしまっ たような気がして辛かった。辛さを通り越して、締め潰される気持ちがした。
彼女と同じような目を、同期のみんなもするのだろうか。
「阪口は結局、口先だけで、どうしょうもない奴に終わったなあ」 なんて、そのうち酒の席で嗤われ、そのうち話題にもされない、タブーな存在になってしまうのだろうか。 最後にまともに女の子と話したのはいつだろう。その記憶は、まるで前世のように遠かった。
最後にやわらかいものに触れたのはいつだろう。その肌感覚を思い出してしまうともう心が折れてしまいそうだった。 最後にやさしい言葉を投げかけられたのはいつだろう。記憶をいくら辿っても、思い出すことができなかった。
そうか、これが一人か。
あたたかいものに触れたくても何に触れればいいかわからない。
やわらかいものに触れたくても、何に頼ればいいかわからない。
愚痴を漏らしたくても、それを受け止めてくれる相手がいない。
ただ寂しさも虚しさも痛みもどうしようもない細胞のうずきも、全て耐えて耐え忍ぶしかない状態。そうか、これが一人か、これが一人ぼっちとい うことか。こんな感情に気が付きたくはなかった、こんな感情を理解したくなかった。
こんなにも惨めで切ない気持ちにさせる感情を、なぜ自覚してしまったのか ……。 仕事をしようと、キーボードの上に乗せた指が震えていた。気を抜いたらそのまま沈み込んでしまいそうな絶望の淵がそこにあった。
僕はあぐらをかいた腹に力を入れ、奥歯を噛み締める。ギリギリと鳴く心臓を抱えて震えが過ぎ去るのを待つ。
仕事をしなければならない。作業を少しでも進めなくてはならない。泣くことも、嗚咽を漏らすことも、傷つくことも、一円にもなりやしないのだ から。