結婚というのは自由を束縛するものではなく、自分という枠を広げてくれるものなのだと思う。
これを言うと色んな人に驚かれるのですが、僕は基本的にはいつも、妻と一緒に行動をしています。
仕事をするときも。
フライト中も。
もちろん旅の間も。
プライベートも仕事でも、目に見える範囲にはいつも妻の姿があります。

僕はサイトの運営やメルマガの執筆、オンラインサロンのコンテンツ作りを中心に。
妻は妻で、自分のFacebookグループに投稿する記事を書いていたり、エプロンショップの運営などをしています。
僕も妻も自由にできる仕事を持っているので、どこか決まった場所に住んだり、どこかに拠点を構える必要性というものがありません。
どうしてそんなにいつも一緒なの?と言われると、、、
僕はもともとひとりでこの仕事をやっていたのですが、そのときは、すごく寂しい毎日を過ごしていました。
この、PC一台でできる働き方を思いついたのは、僕が23歳のとき。うつ病になって、企業を退職したあとのことです。そのときは半年間くらい寝たきりの毎日を過ごしていたのですが、そのとき一度、僕は自分の周りの人間関係というものがなくなっています。
携帯電話を壊し、mixiなどのSNSもすべて退会。
大学時代の友人や仕事で付き合いがあった人とのつながりを、一度すべて断ちました。そうした何もつながりがないなか、また企業で働くことを思うと逃げ出したくなる中、それでも生きていくために選択したのが今の仕事です。
アフィリエイトやGoogleのアドセンスなど、インターネット広告を使ったサイト運営。これを個人でやること。サイトを作ること、記事を書くことであれば自分ひとりでもできますし、やり方によっては人並みの収益というものも上げることができます。
僕は、自分ひとりが生きていくための手段としてWEBサイトの運営に着手しました。
それから
それから出国するまでのことは、「うつ病で半年間寝たきりだった僕が、PC一台で世界を飛び回るようになった話」などで書いているのですが、2012年夏にどうにか月30万円くらいを、PC一台で稼げるようになって出国。
その後はタイやラオス、ベトナムなどの東南アジアや、スペインやフランス、イタリアなど西ヨーロッパ諸国に住み着き、仕事をする生活を続けていました。
途中、旅の道連れができたり、異国の街でのロマンスがあったりなかったりしたのですが、、、せっかく叶えた自由なライフスタイルを、誰かと一緒になることで手放すことを恐れた僕は、結局いつもひとりで過ごしていました。
誰かと一緒になれば、そこに人間関係が生まれますし、お互い「こうしたい」という意向も出てきます。
僕はもともと、人間関係や誰かに気を遣って生きていくことに疲れて、うつになってしまった経験があるので、友人や恋人をつくることに消極的になっていました。
ひとりで異国の街で生活をする日々は、聞こえは楽しそうですが、寂しいものです。
素晴らしい景色を見ても、その気持ちをわかちあうことができない。
Facebookなどでコメントやいいね!をもらえるのは嬉しかったですが、やはり、隣にいる誰かとシェアしたい。
一緒にこのライフスタイルを、自然体で生きてくれる誰かが欲しいと僕はずっと思っていました。
スピード結婚
そうした経緯もあって、妻と一緒にいる時間を大切にしよう、できる限り妻と一緒にいる時間を増やそうというのが、僕の優先順位のトップにあります。
その、妻と一緒にいる風景を、どれだけ自由に変えることができるかが、この1年のテーマでした。
独身時代よりも、訪れる国も人の幅も広がった1年。
PC一台で、自由な働き方を叶える。
そうすれば、貯金残高が少なかろうが、企業や組織の後ろ盾がなかろうが、世界のどこでも自由に生きていくことができるに違いない。僕は2010年にこのライフスタイルを思いついてから、それを信じて行動をしてきました。
それは正しくて、2012年の夏に出国をしてから今日まで、変わらず生き延びることができています。
異国の街で使った分のお金は、その国のカフェやホテルでPCを広げ、サイトを運営したり、自分のコンテンツを販売することで稼ぐ。
2014年に妻と一緒になってからもその生活は変わらず、独身のときよりもむしろ、訪れる国の数や、出会う人の幅も広がっていきました。

結婚とは、自由を束縛するものなのだろうか。
以前、まだ僕が独身だったとき。
とある尊敬する方から、結婚に関するこんな秘密を教えてもらいました。
そのとき僕は「結婚」という懐疑的で、せっかく叶えた自由なライフスタイルは、結婚をすることで消えてしまうのではないかと思っていました。
結婚をすれば家を持たねばならず、家族を養わなければならず、妻には妻の思うところやライフスタイルがあります。
そうしたものと、僕が叶えた世界を飛び回る自由は両立できないと思ったからです。
その人はこんな風に教えてくれました。
「阪口くん、ひとりだからこそ自由だと思うかもしれないけど、ひとりでは、できることにも、受け取ることができる自由の量にも限りがあるんだ」
「でも、信頼できるパートナーがいることで、その自由の幅が何倍にも広がることもある。自分ひとりでは行けなかったところに行けたり、自分の想像外のところに連れて行ってくれたりね」
「結婚というのは自由を束縛するものではなく、自分という枠を広げてくれるものなんだよ」
自分ひとりでは届かないたくさんの経験がある。
その言葉は正しかったと今ならわかります。
僕は妻と結婚してから、それまでの自分ひとりでは届かなかった様々な経験に触れることができました。
今はタイのチェンマイにいますが、先日参加したロイクラトンのお祭りも、自分ひとりではきっと、わざわざ見に行かなかっただろうと思います。




行動が制約されることより、ふたりだからできる可能性を追いかける。
ひとりの方が、たしかに行動の制約は少ないかもしれません。
しかし、ひとりで得られるもの、ひとりで感じられるものには限りがあって、その狭い枠組みの中で生きている限り、常に何かを見落として生きているのかもしれません。
少なくとも僕は、結婚してから、人生や生きるということの意味を改めて見出したように思います。
ふたりでいることで、行動の可能性は広がりますし、得られる自由の幅も広がります。僕はそうした夫婦の可能性を、これからも追いかけて行きたいと思っています。