チェンマイのニマーン通りは、「タイの原宿」と呼ばれるところで、どこの路地を入っても、お洒落な外観のカフェや料理店が並んでいる。
ニマンヘミン通りの500m圏内だけで、ゆうに40軒はカフェがあるように思う。
そのどれもが個性的で、独自のテーマを持っているのが面白い。
首都バンコクが、あまりに途方もなく巨大な都市で、どこに行くにも生気が吸い取られるような感じがするのに対して、
チェンマイは「古都」と呼ばれるだけあって落ち着いている。
大通りはさすがに交通量が多く、砂埃が舞い上がり、顔をしかめてしまうことが多いけれど、
一本路地に入ってしまうと、そんな喧騒も忘れてしまう。
特にこのニマンヘミン通りの路地は、どの路地も個性があって、立ち並ぶカフェやレストランがどれも洒落ているので歩くのが楽しくなってくる。
このニマンヘミンは学生街でもある。
通りから徒歩圏内に、北タイで一番優秀といわれるチェンマイ大学が拠を構えている。
そのため、学生が好みそうな安くてお洒落なアパートがいくらも並んでいる。
たとえば僕が通っているタイ語学校の先生は、ここから歩いてすぐの場所に、月3000B(=約10000円)のアパートを友人とルームシェアして借りているそうだ。
その値段を聞いてビックリしてしまった。
青山学院大学の徒歩3分圏内に、誰でも住める安アパートが並んでいるイメージをもった。
そんなものがもし青山にあったとしたら、若者の誰もが殺到するに違いない。
僕が一番感動してしまったのは、
こんな一等地にあり、ショッピングや喫茶店に困ることもないニマーンの徒歩圏内に、月5万円も払えば、2DKの広々とした部屋に誰もが住めてしまうことだ。
チェンマイはこれだけ便利にも関わらず、物価がとても安い。
とくに、外国人が住めるコンドミニアムやアパートの値段が、他の地域に比べても格段に多く、安いように感じる。
青山や原宿を歩いていて、この辺に住みたいなーと思ったとする。
そうしてぼおっと歩いていると、月5万円で広々住めるコンドミニアムがあちこちに転がっていることを想像して欲しい。
気に入った物件があれば、部屋を覗かせてもらって、値段や敷金や光熱費を確認し、「ここに住む」と決めてしまえば、もう明日からここに住むことができるのだ。
契約するにあたって必要なのはパスポートだけ。
住所を聞かれることも、収入を聞かれることもなく、契約をするのに必要な英単語さえ覚えておけば、誰でも住まうことができてしまう。
(多少お金があるように見えるよう、小奇麗な格好をしていたほうがいいかもしれないけれど)
その、あまりの気軽に住み着くことができる自由さに、散歩をするたびに感動しっぱなしだ。
一番に清々しいことは、
ニマンヘミン通りを毎日歩いているような日本人を、僕くらいしか見かけないことだ。
旅行者か生活者かは、その格好や雰囲気を見ればすぐわかる。
旅行者は多く見かけても、生活する日本の若者はあまりに少ない。
生活する日本人は多く見かけても、そのほとんどは年金生活者のお年寄りで、20代はほとんど見かけたことがない。
もちろん、チェンマイ大学に通っている日本人学生はいるだろうし、自分の行動範囲を広げれば、そんな日本人はたくさん見つけられると思う。
しかし、
たとえば僕がタイ語がペラペラに話せるようになって、毎晩バーやクラブに顔を出すようにして、同世代のタイ人と触れ合う機会を増やしたとする。
そうなれば向こうも面白がってくれて、またたく間に友人の輪が増えるだろうし、恋人のひとりやふたり、あっという間にできてしまうに違いない。
20代でチェンマイに住み着き、タイ語や英語が流暢に喋れる。自分で仕事をしている日本人なんて、そうそういないからだ。
しかも、そんな生活をしたところで、月10万円でおつりがきてしまう。
これはもう、他の日本人が知らない、世界の秘密や核心を掴んだような気がして、めちゃくちゃにワクワクしている。
よく日本人は、「老後はゆっくり、自由に暮らしたい」という。
海外旅行や海外生活も、定年になってから楽しみたいという。
けれど、それはあまりにももったいないと思う。自由になるのがあまりにも遅すぎる。
なぜなら、年寄りになってから海外に出たり、自由を手に入れたからって、掴み取ることができる青春の絶対量に差があるからだ。
素敵な異性と出会う、新しいビジネスのアイディアを発見しチャレンジする。
これからの世界のあり方について対等に語り合う、純粋な意味で友達になったり彼氏彼女になったりする。
――そんな青春を楽しむのは、年老いてからではやはり遅い。
僕たちは大人になりきる前に、自由を手に入れる必要がある。
自由を手に入れる具体的な力を身につける必要がある。出るなら今、出るしかない。青春を掴む力を、無理やりにでも今、身につけるしかない。
今の僕には、まだそれを実現する力が足りないけれど、近い将来、確実にその力をつける。
今はまだ、日々の仕事を必死で追い掛け回しているだけだけれど、1年とか2年以内に、まだ僕が20代であるうちに、絶対にその力をつける。
そして、
「そんな生き方も可能なんだ」
という選択肢と、それを実現する具体的な力を、これからの20代に伝えていきたい。
たとえば、チェンマイにビジネスセンターを構える。
1ヶ月間ビジネスをみっちり教える合宿プログラムを組んだり、毎月収益が発生するようなWEBサイトの作り方を教えたり、コンドミニアムを一人で契約させて新生活を送らせたりする。
一緒にバーやクラブに遊びに行って、それがあまりに安い値段で楽しめることを教えたり、現地語を覚えることでいかに交友範囲が広がるかを体験させたりする。
貿易がやりたい人は貿易を、洋服が好きな人なら洋服。
海外情報を発信したい人には旅を。
自分の好きなもので収益が上げられるような仕組みを一緒に考える。
そして、どこに拠点を構えても生きていけるだけの力を持った日本人を、世界に輩出していったら面白いと思う。
そんなことを、チェンマイに住み着き、ニマンヘミン通りを歩きながら考えた。
そうゆう生き方を身体を張ってまず自分が実践し、彼らに伝えられるような引き出しをひとつでも多く仕入れることが、今の自分にできることではないかと考えた。
阪口ユウキ