今日は仕事で、大阪から成田へ日帰りで移動してきました。
僕は中学・高校と成田の学校に通っていたこともあり、成田駅界隈を歩いていると当時の記憶を思い出します。
といっても、僕が通っていた頃の成田駅とは、だいぶ様子も変わりました。
ここ数年で再開発が進み、昔からあった木造作りの商店は潰れ、バスターミナルが拡張されていたり。小さなコンサートホールや居酒屋が入った商業施設が、洒落た外観で建っていたり。
国際都市・成田としては堂々たる景観ではありますが、昔ながらの風景を知っている人間としては、どこか寂しく感じられる景色でもありました。
マキノ書店がなくなった
この駅周りの商店で、僕が必ず立ち寄る場所があります。
それが、「マキノ書店」です。
マキノ書店は、JR成田駅を出て徒歩1分、バスロータリーに面したこの界隈の「一等地」に店を構える本屋です。
なんの変哲もないふつうの本屋。
どこの地方にもある「地元の本屋」を思い浮かべていただければ、マキノ書店と大差ないだろうと思います。
駅前の一番通いやすい立地にあるということもあり、僕は足繁くこの本屋に通い、漫画の新刊を手に取り、大学受験時には赤本を揃えたのでした。
僕にとってマキノ書店は、中高時代の青春を語るに、なくてはならない存在のひとつだったのです。
マキノ書店がなくなって思い出した夢
今日も、「せっかく成田に来たなら」とマキノ書店に立ち寄ろうとすると。
マキノ書店があった場所は、24時間営業の海鮮居酒屋に変わっていました。
茫然自失と、店の前で立ち尽くす。
「海鮮浜焼」「寿司刺身」「24時間営業中」・・・
そうした文字を眺めながら、ふっと、「そうだ僕は、この場所で叶えたかった夢があったんだった」ということを思い出しました。
それは、、、
「いつかマキノ書店に、自分の本を置いてもらう」
という夢です。
僕は中学生の頃から小説家になりたいと思っていて、中高時代のささやかなお小遣いは、だいたいこのマキノ書店で使用していました。
マキノ書店に置かれているのは、わかりやすい本ばかり。ベストセラー書、話題の書、子どもが好みそうな漫画本、有名著者のシリーズ物しか並ばない講談社や新潮社の文庫棚。
そうした棚の中に、自分の本が置かれるとしたらどんな気持ちだろうか・・・そんな妄想をしていました。
「このマキノ書店に本が並ぶためには、相当な知名度を得なければならないだろう」
中高生の僕でも見覚えがある本が並んでいるのだ、テレビや雑誌などで話題になっている本、ベストセラー書籍でなければならないでしょう。
マキノ書店で平積みになっている自分の本を夢想しながら店を後にするのが、その当時の僕の日常でした。
夢を叶えるにも「期限」があると知る
しかし、いつまでも、夢は待っていてはくれません。
今はないマキノ書店の跡地を眺めながら、僕は、
「夢を叶えるには、期限があるのだ」
ということを思い知らされました。
ずっと、そこにあるだろうものは、自分が思ってもみないタイミングで失われていたりする。
しかし、、、
夢を叶えるチャンスが全くなかったかと言われれば、そうでもないのです。
2014年の春、僕は商業出版を達成しています。
あの当時の自分が思い描いた、自著が書店に平積みになっているという夢、それを叶えることができました。
小説という形ではなく、自分でも思っても見なかった「ビジネス書」での出版でしたが、なんにせよ夢の実現には違いありません。
とはいうものの、マキノ書店では、取り扱ってはもらえませんでした。
マキノ書店に並ぶためには、やはりベストセラーや話題の書籍になる必要がある。僕が書いた本は、マキノ書店が取り扱う本の基準を明らかに満たしていなかったのです。
「まあ、当然だろう」
と僕は深く物事を考えず、「いつかはこの書店で置かれる本を書こう」と決意を新たにして店を出たのでした。
それから数年、大阪を拠点に海外を転々と過ごしていた僕はマキノ書店という存在を思い出さないばかりか、その存在がなくなったことにすら気がつきませんでした。
夢を叶えられるチャンスはあった
今にして思えば、何も自著をベストセラーにする必要など全くなく、店長に直接売り込みをすれば良かったのだと思います。
成田出身なんですと、この本屋に自分の本を置いてもらうのが夢なんですと。
個人経営の本屋なのだから、若者の我儘くらい聞いてくれた可能性はあります。いつもどこか眠たそうな、頭に寝癖が残っているおっちゃんに声をかけ、直談判すればよかったのです。
でも、僕はそれをしませんでした。そんな行動の選択肢が頭の中に思い浮かぶことも、ありませんでした。
「マキノ書店に、自分の本が並んでいる」
という夢を叶える手段は、ベストセラーを叶えることと決めつけ、そしてその状況は、いつか夢のほうから勝手に転がり込んでくると、身勝手に思っていたのです。
マキノ書店が教えてくれたもう一つのこと
今日、24時間営業の水産屋に変わった、かつてのマキノ書店の姿を眺めながら、もうひとつ気がついたことがあります。
それは、
「自分が本当に叶えたい夢というものは、常に手の届く範囲において置いて意識し続けなければならない」
ということでした。
紙に書いて持ち運ぶ。パソコンのデスクトップ画面の背景にする。朝必ずその一事を復唱する。なんでもいい。なんでもいいから、常にその夢と自分とを同居させておくこと。
そうして常に意識して、喰らいつくように夢を叶える機会を伺っていなければ、もしかしたらその夢が叶うかもしれないその瞬間に、
「また、いつか」
と先延ばしし、そのチャンスを素通りしてしまうことだってあるのだと。
もし、マキノ書店に自著を並べられている状態を意識知続けていたら、本屋への営業方法について、先輩作家諸氏に指導を仰ぐこともできたでしょうし、出版社の販売担当にかけあってお願いすることもできたでしょう。
その夢は、意外と簡単に叶ったかもしれません。
それはもうわかりません。
マキノ書店がない今となっては、どうあっても、その夢は叶わないのですから。
マキノ書店が僕に教えてくれたこと
今、僕にはまた別の、叶えたい夢があります。
その夢のことを常に考えながら仕事をし、朝晩は夢想し、その夢の実現に向けて行動を続けることができているとは思います。
しかしその夢も、「いつか叶う」と思って先延ばしにしていたら、叶うことができない状況になるかもしれません。
今は強く願っていることでも、日々の忙しさに忙殺されその夢を忘れたまま、夢を叶える決定的瞬間を素通りしてしまうかもしれません。
そうなってから悔やんでももう遅い、本当に叶えたい夢は、絶対に手離してはならないのだと、マキノ書店跡地を後にしながら気がついたのでした。