私の部屋は戻ってくる人たちには丸見えのようで、ちょうど小さな駐車場になっていることから、たまたま前を通り過ぎた女の子に声をかけられた。
あわてて網戸を開けて顔をのぞかせて挨拶をする。自己紹介をすると上記の「ああ、第三の男!」という反応。
女の子の華やいだ声を聞くのはいつぶりだろう。暗がりの方にもうひとりいて、目の悪い自分は顔を判別することができない。
「あの子、かわいいから、レストランですぐにわかるよ」
そういえば食堂からの帰り道で、大久保さんと朴さんも似たようなことを言っていた。
「男の子はきっと働くの楽しいと思うよ。若い女の子が多いから。ここで出会って付き合っている人もいるしね。一緒に働いてるからかもしれないけど私も同い年に見られて、ハハッ、そんなわけないじゃんってね。申し訳なくなって悲しくなってくるよ」
22時30分を過ぎると寮の中が騒がしくなる。
22時に仕事が終わり、風呂を上がってから、こちらに戻ってくるのだろうか。部屋の壁は薄く、言葉は判別できないものの、笑い声はそのまま突き抜けて廊下に響く。
寮生活というものをこれまでしたことがないが、自然と受け入れることができたのは、東南アジアのゲストハウスを思い出すからかもしれない。薄い壁、共用のバスルーム、笑い声は、安ゲストハウスの3大要素といってもいい。
今は23時半を過ぎているが、笑い声と廊下を歩くドタドタという音は止む気配がない。24時を過ぎてようやく夜らしい静けさを取り戻す。
住み込み寮は1階が男性で2階が女性になっている。玄関は別々で、女子寮は螺旋階段を上った先に入口がある(直接確かめたわけではないけれど)。隣にもう一棟2階建てのアパートがあるが、こちらは古株の先輩(3年以上)に与えられる特別な部屋なのだそうだ。
玄関はオートロックになっていて、入ると、横に長い廊下が伸びている。廊下に沿って部屋が並んでいて「1,2,3,4,5」と番号が割り振られている。ちなみに私は5番であった。
廊下の中央は左から浴室、洗面所、トイレとなっていてどれも共用。浴室はシャワールームになっているが、ここに住み込んでいるサーファーの泥落としの場所になっていて風呂として使う人は誰もいないそうだ(「汚い汚い」と野方さんも高塚さんも口を揃えていうが、東南アジアと大阪ドヤ街のクオリティに慣れ親しんでいる自分はまるで苦にならない)。
洗面所には洗濯機が2台、洗面台が2つついていて、鏡面の前にシェービングクリームや洗顔石鹸のたぐいがぞろぞろ並んでいる。洗濯機は古い型でドコドコとうるさい音を立てそう。
洗剤は自分で持ち込み、乾燥機はなし。鏡面の反対側にはキッチンがついていて、なにか嫌なものがこびりついたフライパンが、忘れられた遺産のようにコンロの上に据え置かれている。たしかに部屋に冷蔵庫がついているが、この環境で料理に励む男はまず希少種だろう。まあ近くにコンビニもなにもないため、せいぜい非常食を買い込んでお湯を沸かす程度だろう。
トイレはふたつ並んでいて、意外にも中はキレイだった。ここだけ後から組み込んだようなキレイさである。こうゆうときこそ「奇麗」という漢字を当てはめるのが最適なのかもしれない。また廊下の隅にあるダンボールの中には無造作に少年誌や漫画本が詰め込まれていてかなり使い込まれている。使い込まれたエロ本の類は見当たらず。1冊くらい忍ばせておけば誰かが喜ぶかもしれない。
フローリングの床は素足で歩くと「ざらり」とした感覚が残る。モップで思いっきり水拭きしたくなる廊下だ。スリッパが欲しいがそんな便利なものは島を出ないと手に入らない。
部屋は6畳一間のフローリング。壁の色は淡い黄色がかった白色で、高い天井の真ん中に蛍光灯が四本並んでいる。壁際にベッド、その隣に冷蔵庫、その頭の上にアナログTVが置かれている。
エアコンは右上隅。左の壁には洋服をかけるフォックのついたレールが伸びている。右の壁の半分はクローゼットと収納スペースになっていて、申し訳程度にハンガーが3本ぶらさがっている。洗濯物もここに干せそうである。
コンセントはベッドの裏に2口あってこれは冷蔵庫とTV用。クローゼット脇の右壁中央下にもう2口ある。wimaxは案の定圏外。softbankはアンテナ0本だがネットは繋がりメールのやり取りも可能。docomoはもちろん3本立っているのなんの不都合もないが、本家の仕事ができなければ積極的に使う理由もない。
もはやボーカロイドや勇者を育てるゲームにも飽きている。アニメ断ち、ネットサーフィン断ちをするにはいい機会だろう。なければないで、発狂するほど困ることもないのだ。
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