7月10日:自分だけの国土を開拓しに行こう

今日は、旅する起業家の記念すべき誕生日だ。

もう僕の帰る場所は千葉にも埼玉にもない。日本に留まり続ける理由もない。今、僕の両脚が掴んでいる大地の面積が、寄辺となるただひとつの国土だ。

これを書いている僕は、新宿駅地下通路のドトールの中にある。

新宿駅の改札口を抜けるとニュートラルな気持ちになる。幾重にも交差する人の流れと、コンクリートを乱反射して沸騰する雑音の中、自分ひとりだけの足跡を刻みつけていくことは文句なしに気持ちがいい。

僕が歩いているこの道は、無数にひしめている群衆の、誰ひとりとして重複することはない。

明日の昼には福岡の博多駅だ。そして、志賀島での住み込み生活がはじまる。

もはや30歳になるまで定住などさせてやらない。常に常に新しい町に身を置いて、新しい物語を紡ぎ続けてやる。

書くことから、逃げない。

指が立ち止まったら、その止まった理由を考えよう。取材が足りぬのならどんな難解な文献にもめげずに体当たりしよう。文体が気に入らぬのなら理想とする作家の文章を気の済むまで写経し続けよう。会話が生まれぬのなら群衆の中に飛び込んで言葉を収穫しよう。白銀のキーボードを指先から滴り落ちる血で真赤に染め上げてやろう。

できることはすべてやり、できないことも決して諦めることなく、僕が辿り着きたい地平へ1ミクロンでも近づけるように努力するのだ。

書くことだけに、固執しない。

書くことを理由に、機会の損失をするなどもってのほかである。仕事に私情を挟むこともまた論外である。

たとえば旅館の仕事ではお客様のために全身全霊で尽くしきることに専念しなければならないし、そこに一抹の疑念も不安も抱いてはならない。ありのままの自分を、素直に明朗にただぶつけていくだけだ。

1年前の5月。僕は完膚なきまでに敗北した。

社会からも、仕事からも、そして自分からも。

うつになり身体が動かなくなり、実家の6畳のベッドの上で僕が見てきたのは、夢と生き甲斐をなくした青年が、どのように腐っていくかという様だった。環境に甘え、家族と友人に甘え、病気と医者に甘え、孤独に甘え、自分の人生の決定権を委ねた青年が、使い物にならないほどふやけていく絶望的な過程……。

もう僕は、あの場所には二度と戻らない。

社会に出ることが強かろうと、人と話すのが強かろうと、働くということが強かろうと、二度と、二度と、戻ってなどやるものか。

バスの時間が近づいている。

アイスコーヒーで冷えた腹を抱えながら、僕は喫茶店の席を立る。

そして二本の脚で、新しい国土を開拓しはじめる。

阪口ユウキ

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